【かながわ経済新聞 10月号掲載】

第5回 ブラザー

事業承継の壁「ブラザー経営」で

■世界的企業と取引

古今東西、規模の大小を問わず、経営者は常に孤独と隣り合わせだと言われて久しい。事業運営に話を限っても、市場の予測から投資の判断、取引先との折衝、そして資金繰りなどと24時間、全責任を背負っての決断を迫られる。

これに人事や総務、法務といった管理業務の状況を把握しながら、ライバルの動向などにも気をもむ時には、いつもの「自信」が揺らぐ瞬間もあるとも聞く。会社は子どもたちに継がせたいものの、こんな重荷を背負わせることは親としてどうなのか…。相互両立できない矛盾に苦しむ中、環境の一層の好転を待っている間に決断がどうしても遅くなり、それが結果として事業承継のハードルを高めてしまう。

育休中につき石田明祐氏はオンライン参加

こうした“よくあるケース”を回避する上で、1つのモデルケースとなりそうなのが、ブラザー(川崎区)だ。同社は1955年、創業者で前会長の故・石田孝氏が川崎区で立ち上げた「ブラザ ーメッキ工業所」をルーツとする。

創業直後から、めっきを中心とする表面処理加工の分野で国内トップの水準にあった関東学院大学事業部(現・関東化成工業)と今の言葉で言う産学連携を実現し、68年から硬質クロムめっきを、78年から無電解ニッケルめっきを手掛けて今日に至る。自動車、電機、半導体といった分野の日本人ならば誰もが知る世界的企業と取引を行 っているという事実が、同社の「実力」を雄弁に物語っている。

■前もって宣言

2000年に孝氏の娘婿である石田幸兒氏が2代目社長に就任すると、創業者が培った積極経営という土壌にスピード重視という要素が新たに加わった。乗用車のボディがまるごと入るような国内最大級の無電解ニッケルめっき専用ラインなどを相次いで竣工・稼働させる一方で、国内めっき業界の中では先駆け的な取り組みとして、品質マネジメントシステムの国際規格「ISO9001」と環境マネジメントシステムの国際規格「ISO14001」も取得した。

どちらも、顧客ニーズの変化を幸兒社長が機敏に察し、すぐさま、自社の経営施策へと落とし込んだ結果だ。また、地元の中小企業3社をM&Aすることで地域のサプライチェーンも守ってきた。

その幸兒氏も来年、社長就任から四半世紀を迎える。

時代は平成から令和へと変わり、業界を取り巻く変化の風も速度をさらに増している。そこで幸兒社長は、「新しい酒は新しい革袋に盛れ」の例えではないが、3代目へのバトンタッチを前もって宣言するという動きに出た。

幸兒社長が“予告先発”したのは長男の明祐氏と長女の侑佳氏の2人だ。 3年後をめどに社長と副社長に就かせる計画である。あらかじめ公言することにより、本人たちには自覚と覚悟を醸成させ、社内には余計な詮索を排すると同時にさらなる変化へ向けた心の準備を促すことができる。取引先などに対しても、経営の連続性をしっかりとアピールすることが可能になる。

■未来を紡ぐ

会社の将来を早々に託された2人は現在、川崎市内に拠点を持つ中小モノづくり企業の後継者や若手経営者らで構成する川崎市青年工業経営研究会(通称・二水会)に加盟し、同じ境遇や経験を有するメンバーたちと腹を割った議論を重ねながら、来るべき日に備える日々である。

幸い、足元の事業環境は半導体分野を中心に堅調が続いているものの、好不況の波が交互に訪れるいわゆるシリコンサイクルと呼ばれる業界構造は変わっていない。加えて国内のめっき業界は、環境絡みの規制が非可逆的に強化されている関係もあって、過去40年の間に事業社数が3分の1に減るなど寡占化が進んでいる。これらを考えると、幸兒社長による事前のお膳立ては異例というよりはむしろ、必要不可欠なものであるようにも考えられる。

果たして明祐氏と侑佳氏が、二人三脚による文字通りの“ブラザー経営”を通じて会社にどんな色を加えていくのか、今から楽しみである。

当社の保有する国内屈指の超大型無電解ニッケルメッキ
(通称:メガニッケル®)対応設備
当社Webサイトより引用
(https://www.brotherplating.co.jp/features/)

取材 かながわ経済新聞